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忘れられた翼外伝1

Prologue

 その昔――忘れられた翼の物語が紡がれる以前。
 剣士オルステッドはルクレチア王国の兵士登用試験に挑み、最後の試練にまで勝ち残る事に成功していた。
 期待と不安を共に抱えるオルステッドを、傍で魔道士ストレイボウが支える中、国王は最後の試練の内容を一同に告げる。
 オルステッドに託した試練のために、遥か遠方にあるカントリオの村までともに赴く事となったストレイボウを待ち構えていたのは、カントリオの村の「少年」と、奇妙な事件であった――。

原作:名護みい
作文:桜エルフ

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忘れられた翼外伝2

Scene1

 ひどく不満げな様子で、彼は背に負った革袋を揺らした。
「……ったく、文字通りの貧乏くじだぜ」
 その革袋の中には、干し肉や乾かしたパンなどの食糧、このルクレチアの森に大量に自生するなおり草、万病に効くとされるヨシュアの実などが詰められている。ちょうど、ちょっとした旅をするためにはおあつらえ向きの中身と言える。
 この革袋を背負うのは、1人の青年。つい最近少年を卒業したくらいの年頃に見える、藍色の長髪を伸ばした魔道士である。
「済まないストレイボウ、私が引いた剣が不味かった」
 「 ストレイボウ」と長髪の魔道士に呼びかけたのは、彼の傍らを歩く1人の剣士。
 年の頃はちょうど傍の魔道士と同じくらい。風を受けて揺れる豊かな金髪と、赤銅色の革鎧が印象的な若者である。
 金髪の剣士もまた、旅のために荷造りされた革袋を負い、魔道士ストレイボウと並ぶ。
 金髪の剣士の手には、刀身に何やら文字の書き込まれた抜き身の剣が握られていた。彼はその剣に向けて、何とも申し訳なさそうな眼差しを向け、両肩を落としている。
「オルステッド、お前の兵士登用試験に付き合わされて山一つ向こう側まで行く羽目になった身にもなってくれよ。俺にはまだ読みかけの魔術書だってあるんだぜ」
 ストレイボウという魔道士は、金髪の剣士を「オルステッド」と呼び、やはり不満げに鼻を鳴らせる。
 剣士オルステッドと魔道士ストレイボウ、彼らのこの旅の理由は、今から数日前にさかのぼることとなる――。

忘れられた翼外伝3

Scene2

 ルクレチア王国、王城は謁見の間にて。
「諸君ら、このたびは我らがルクレチア王国の兵士登用の試練によくぞ耐えた」
 玉座に座した老人が、厳かさの中に優しさを滲ませ、一同に告げる。
 今日この日に、玉座の間に馳せ参じた者達は、一斉にそのこうべを垂れる。
 玉座の間に集まった者の身なりは十人十色。
 きらびやかな鎧で身を飾った者も居る。
 ボロ布をかき集め、申し訳程度の礼装をした者も居る。
 若い男が多く集まってはいるものの、壮年の男や、時には女もちらりほらりと混ざっている。
 エルフやジャイアントはいない。ルクレチアは他国や異種族との関わりを強く持たない国ゆえ、当然のことではあるが。
 ルクレチアは森の王国。森という自然の要衝の中に居を構えるがために、外部からの敵に悩まされることは少ないが、同時に他国や異種族との関わりもまた薄い国なのだ。
 玉座の間に集まり、こうべを垂れた者達に、国王は言葉を紡ぐ。
「わしはお主達のこたびの頑張り、心より喜んでおる。ここまで試練に勝ち残る者が出るとは、わしは考えも及ばなかったぞ。さあ、この試練をかいくぐったお主達のそのおもて、わしにみせてはくれまいか」
 その言葉を受けて、ここに集う者達はおもむろに顔を持ち上げる。
 歓喜。野望。緊張。期待。
 それぞれの者達が、それぞれの想いを浮かべた顔が、王に向けられる。
 その顔の中に、オルステッドは混ざっていた。
(この試練を乗り切れば、いよいよ私も晴れてルクレチア王国の兵士を名乗れるようになる……!)
 幼い頃から剣に親しんで生きてきたオルステッドにとって、一つの目標となっていたルクレチア王国の正規兵……その成就が近いとなり、オルステッドの胸は否応なく高鳴る。片膝を突き、持ち上げた右膝の上で、彼の右手が強く握り締められる。
(おいオルステッド、感動するのはまだ早いだろう?)
 胸の高鳴りを察したかのような、絶妙な頃合いを見計らってストレイボウの声が届く。もちろん、王の挨拶を妨害せぬよう、可能な限り声を絞って。
(お前の試練に付き合って、俺はわざわざここまで来てんだ。ここまでやらせておいて、試練に落ちるなんて真似は勘弁してくれよ)
 皮肉がかった様子で、けれども半分おどけた様子で、ストレイボウはオルステッドに言い含める。それは彼なりの励ましなのだと気付けぬオルステッドではない。
 この試練は仲間を伴って挑んでもよいと、オルステッドは事前に王から説明を受けている。当初オルステッドはこの試練に一人で挑もうと心に決めていたが、それをどこからか聞きつけたストレイボウは、自らオルステッドへの協力を買って出たのである。
 オルステッドに文句や皮肉を言いながらも、それでも力を貸すのがストレイボウの人となりなのだ。
 内心でわずかばかりのくすぐったがさを覚え、思わず微笑をこぼしそうになるオルステッド。
 王の言葉がオルステッドの耳にふと飛び込んできたのは、その時だった。
「それでは、お主達に最後の試練の内容を説明しようではないか」
 王のねぎらいの言葉は何時の間にか終わりを告げ、次なる試練の説明に入る。
 これからオルステッド達が迎えようとする、王国の兵士登用へ向けた、最後の試練についての。
 先ほど述べた通り、ルクレチアは森の国。外敵に晒されることこそ余りなく、そこまで大量の兵力は要求されない。それでも、傷病や老いで十分な働きのできなくなる兵は毎年出る。その穴埋めを行い、最低限の兵力を維持するためにも、兵士の選抜は時折行われるのである。
 ここにいるのは体力の試練をくぐり抜け、剣を取るに値すると見なされた者のみ。王はここで彼らに最後の試練を課し、ルクレチア王国の兵士に相応しい者を選び抜くのだ。
「それではお主達、そこに用意した剣を順繰りに一本ずつ抜くがいい」
 王は、玉座の近くに置かれた樽を示す。蓋を開けられ、そこに抜き身の剣が立錐の余地もないほどに差し入れた樽を。
「お主達には最後の試練として、我らがルクレチア王国への忠誠心を示してもらいたい。その樽に中に差された剣の数は、今のルクレチア王国が抱えている問題の数に等しいのじゃ」
 一同が、王の言葉で一斉にどよめく。
(これほどの数の問題が、ルクレチアの中に!?)
 オルステッドもまた、驚きを隠すことはできず、その金色の眉を吊り上げた。
(あの剣の本数、ここに居る全員にもれなく配ったとしても、まだ余るくらいあるな。試練の数に不足はないってとこか)
 ストレイボウは、藍色の髪の間に覗ける瞳をわずかばかりすがめた。
「その剣には、1本1本に国民からの陳情が書かれておる。『冬を越すための薪が欲しい』、『畑を荒らすモンスターを退治して欲しい』、『村の者に文字の読み書きを教えて欲しい』、などなどじゃ。わしはその中から、お主達に任せられそうなものを選び、それを剣に書き込んで用意したわけじゃ」
 王の目くばせと、窓から差し込む太陽の光を受けて、剣の柄のいくつかがきらめく。
「そこに書かれておる国民からの依頼をこなすことこそ、お主らが越えるべき最後の試練じゃ。どの陳情が誰に当たるかは、剣を引き抜いてみて初めて分かる。自らの引き当てた陳情を、見事解決してみせた証をもって、再度この玉座の間に馳せ参じるがよい。それを成し遂げた者に、栄えある我らがルクレチア王国の兵士を名乗ることを許そうぞ」
 その言葉に、再度玉座の間にどよめきの波が広がる。王の投げかけた試練の内容に驚き、互いに顔を見合わせて胸の内を語り合う者まで出る。
 その一方で、オルステッドはただただ呆然とするばかり。このような試練が課されるなどと、思いもしなかったがためである。
「……なるほどな、王も兵士選抜にかこつけて、王国内の厄介ごとを俺達に丸投げって腹づもりか」
 人のどよめきに紛れるようにして、ストレイボウは言う。
「ストレイボウ、陛下の御前だぞ……!」
 ストレイボウの発言に、はたと我に返るオルステッドは、ストレイボウのその物言いをたしなめた。
「さあ、最初にこの剣を抜かんとする者はおるか?」
 そこに、王は一言。
 ストレイボウをたしなめていたところに、王の言葉を聞いたオルステッドは、思わずぎょっとなり動きが止まる。
 その両目を、王の方に向けた状態で。
 見事に王と、目が合ってしまった。
(まずい、今の言葉が陛下のお耳に入っていたら……!)
「ほう、そなたは確か、確かオルステッドと申した剣士だったかのう」
「は……はっ!」
 オルステッドは再度こうべを垂れ、王に敬服の意を示す。
「先日はそなたの力強い剣技を拝見させてもらったぞ。そなたはついこの間に成人の儀を終えたばかりの年頃ながら、その剣筋の良さは目をみはるものがあるのう」
「お褒めの言葉にあずかり、ありがとうございます」
 ひとまずはストレイボウの発言を聞かれていなかった様子に、オルステッドは安堵する。
「うむ。して、オルステッドよ……こたびの試練、お主が先鞭を付けてはみまいか?」
「!」
 オルステッドは、目を見開く。
 つまり王自らの指名が、自分自身に来たということ。
 かくなる上は、是非もない。
「――陛下のおっしゃる通りに」
 うやうやしく、オルステッドはその両膝を伸ばし、立ち上がる。そのまま、歩き出す。
 普段から着け慣れているはずの革鎧が、今ばかりは妙に重く感じられる。
 オルステッドの一挙手一投足に絡んで来る、他の志願者の視線がそう感じさせるのか。
 ともかく、オルステッドは今や、剣の差さった樽の前に立っている。
 用いられている剣は、どれもノルミックソード。王国の兵士にも制式採用されている、ルクレチアでは比較的よく見かける剣である。
「おっと、言い忘れておった。引き抜いた剣は、そのままお主達が試練に用いてよいぞ。試練に向かう者達へ、わしからの餞別といったところじゃ」
「陛下のご厚意に感謝します。それでは――」
 オルステッドは王に向けて一礼し、改めて樽の方に振り向く。
 一瞬ばかり、逡巡。
 そして、樽の真ん中ほどに差さっていた剣に手をかけ、その柄を握り締める。
 金属同士がこすれ合う、鋭い音を立てて、オルステッドの選んだノルミックソードは引き抜かれた。
 窓から差し込む陽光が、ノルミックソードの刀身を滑り落ちる。
 陽光のベールが脱げ落ちたその刀身には、にかわを練って作られたとおぼしきインクで、ルクレチア語が記されていた。
 オルステッドは、ストレイボウと共に習った文字の読み書きの練習を思い出し、そっと読み上げる。
「――『カントリオの村に向かい、村を荒らす魔物を退治せよ』」
 みたび、謁見の間はどよめく。オルステッドの読み上げた言葉の意味を、理解した者から順に。
 オルステッドは何事かといぶかり、周囲を見回す。
 だがそこに、このどよめきの理由を知るための手がかりはない。彼の目には、わけも分からず一同がどよめいているようにしか見えない。
 ついにオルステッドはたまりかね、振り返って王に尋ねた。
「陛下、私が今何か粗相を……」
「……一番手が、一番困難な試練を引き当てるとはのう」
「!」
 そこで、オルステッドはようやく事情を呑み込めた。
 「つかまされた」のだ。
 オルステッドの視界のすみで、右手で顔を覆い盛大に嘆息して首を振るストレイボウを見たことで、その事を確信するオルステッド。
 ちなみにこの最終試練の挨拶ののち、オルステッドはストレイボウから呆れ混じりに教わる事になる。
 カントリオの村とは、ここルクレチア王城から、勇者の山を越えた向こう側に位置する村である事を。
 そして森の王国であるルクレチアは街道も未開拓で、そこまでは徒歩で向かわねばならない事を。
 挙句には、カントリオの村までは未開拓の森を縫って進み、片道で10日もの旅路を行かねばならない事を。
 なお彼らにはまったく関係のない話だが、今回この試練を受ける者達の中で、彼ら以上の長旅を強いられた者はいない。
 まさに、「つかまされた」と言わざるを得ないこの状況を、ストレイボウ旅路の最中に何度も嘆いた事は言うまでもない。

忘れられた翼外伝4

Scene3

 そして、王城からの出立より12日後。
 雨の降りしきる森の中で、彼はひたすらに毒づいていた。
「くそっ! どこまでもツいてねえ!」
 雨天時用の外套を、モルガンローブの上から更に羽織ったストレイボウ。その藍色の長髪は、冷たい雨に濡れそぼっている。
 ここまで彼に降り注いだものは、雨ばかりではない。立て続けの不運もまた、彼にひどく降りかかっていた。
 当初、カントリオの村までの旅程は10日のところを、昨日の朝から雨に見舞われた。
 そのお陰で、目的地の直前で足止めを食うことになった。
 街道さえ整備されていればまだしも、森の中の道なき道を行かねばならない状態で雨に降られれば、もはや強行軍すらままならない。視界も悪くなって迷いやすくもなり、雨は体温と共に体力を奪う。
 雪に覆われた勇者の山を見れば分かる通り、このルクレチア王国はどちらかと言えば寒冷な気候をしている。その寒冷なルクレチアの雨となれば、どれほど旅の妨げとなるか、想像にかたくはない。
 これが、ストレイボウの身を襲った1つ目の悲劇。
 2つ目の悲劇は、彼の食事からやってきた。
 10日もの旅程を組むのなら、当然食料や水は節約し、可能ならば旅をしながら補給しなければならない。そこで、ストレイボウはオルステッドと協力して即席の罠を作り、近くを流れる川から川魚を捕まえた。昨日の夕飯は、川魚を香草で塩焼きにしたものである。
 だが、この塩焼きがいけなかった。
 雨の中では、ストレイボウが魔術を用いてまで点けた焚き火ですら、その火力は十分ではなかったらしい。当然起きる結果が、生焼けである。
 今朝、ストレイボウは激しい腹痛で目を覚まし、生焼けの川魚で「当たった」事を知る羽目になった。
 幸い命に関わるような危険な腹痛ではなかったものの、ストレイボウは野外で作った間に合わせのトイレに駆け込み、しばらくそこから動くことができなかった。
 今日の午前中にやったことと言えば、ヨシュアの実をかじりつつ、テントとトイレを往復することのみ。正午になって腹痛がようやく落ち着き始め、トイレから戻ったストレイボウが見たもの、それは……。
 3つ目の悲劇だった。
 昨日の朝から降り続いた雨で、川が鉄砲水を起こしてオルステッドの待っていたテントが流されていた。
 水や川魚などを補給しやすいからと言っても、雨天の最中に川岸や川の中州にテントを張ってはいけない。長旅と雨で疲労がたまり、それをうっかり見落としたがための悲劇である。
 当然、オルステッドとも今やはぐれてしまった。
 当初オルステッドを探そうかとも考えたストレイボウは、しかし二重遭難が起こる危険を考え、捜索を断念。鉄砲水に呑まれる前に、オルステッドの避難が間に合った事を祈りながら、目前に迫っているカントリオの村を目指すことを決めたのである。
(村に入ったら、村人に頼んでオルステッドを探す手伝いをしてもらわないとな)
 その方が、オルステッドも自分も助かる見込みは高いと判断しての行動である。
(ったく、オルステッドの試練で、奴自身が遭難しちゃあ世話ねえぜ……!)
 そう思う頃に、ストレイボウは森を抜けていた。
 目の前に広がるのは、森の空き地を切り開いて作られた、人口およそ5、60人ほどの村。村全体を囲む柵のようなものは特にない。森そのものが村に対する防壁として役立っていると判断してのことだろうか。
 表札のようなものも特に出ていないが、ここ周辺にある村と言えば、カントリオの村しかない。ここが、そのカントリオの村だと断定していいだろう。
 雨雲の向こうからわずかに透ける、太陽の明るさは徐々に弱くなっている。時刻はおそらく、夕方になる直前くらいと言ったところか。
(やれやれ、日の沈む前に村に着けて助かったぜ)
 ストレイボウが安堵し、ひとまず村人に休息の場でも要求しようかと考えたその時。
 金属と金属のぶつかり合う、甲高い音。
 雨音に紛れることのない、確かな響きがストレイボウの耳を叩く。
(!?)
 愛用の魔術書を懐に、コダールロッドを右手に、ストレイボウは外套を翻し振り向く--この金属音が届いた方向へと。
(オルステッドか!?)
 もしかしたらオルステッドはすでにこの村に先行し、すでに魔物との戦いを始めているのかも知れない。ストレイボウは推測しながら、コダールロッドに魔力を集中させつつ、走り出す。
 カントリオの村の中央広場が、雨のカーテンの中からストレイボウの目前に現れるまで、そう時間はかからない。今度は金属音ばかりでなく、鋼と鋼の叩き合う火花すら目にすることができる。
 敵の数は3体。すべてアイアンビートル。ルクレチア周辺に生息する大型の甲虫。魔物としては低級な部類ではあるが、農作物を食い荒らし農夫を襲う事もある、厄介な相手である。
 そしてそのアイアンビートル3体が群れをなして飛び回る中心には、1人の人間の影。
「このっ! このっ!」
 年の頃は、おそらく10歳にようやく手が届いたくらい。
 頭に乱雑に巻いたバンダナのところどころから、ごわごわの赤髪がはみ出ている。着ている鎧は、『鎧』と言うよりは『厚手の衣服』と言った方が正確だろうか。握り締めた武器は、使い古して刃こぼれもひどくなったノルミックソード。
 見たところ、寒村に住まう戦士志望の少年と言ったところ。「彼」が、単身でアイアンビートル3体をまとめて相手にしているのだ。
 そこまで考えて、ストレイボウははたと我に返る。
(っと、見ている場合じゃねえ!)
「おいそこのお前! 助太刀するぞ!」
 叫んだストレイボウは、そのまま呪文の詠唱に入る。コダールロッドに集中させた魔力が、たちまちのうちに形を取る。
「火蜥蜴サラマンダーの牙よ――我が手の内にて紅の弾丸となり敵を撃て!」
 火属性魔術「レッドバレット」。彼が初めて覚えた攻撃魔法にして、いまのところ唯一使える実戦用の魔法である。
 コダールロッドから、回転する炎の円盤が飛び立つ。
 雨の中で火属性の攻撃魔法を使うのはあまり良い選択肢とは言えないかも知れないが、もとよりこれ以外に選択肢がないならばやむを得ない。
 それでも、ストレイボウの放った「レッドバレット」は、アイアンビートル1体を打ち据え、撃墜するには十分な威力を持っていた。奇声を上げながら、雨天の中でアイアンビートルは焼き尽くされる。
「えっ!?」
 剣を振るっていた「彼」はそこでようやく察したらしく、素っ頓狂な声を上げる。どうやらアイアンビートルとの立ち回りで、ストレイボウの声に気付かなかったと言うところか。
「そいつは剣より魔法の方が効く! もう少し待ってろ!」
 ストレイボウは更に「レッドバレット」の呪文詠唱を二度重ね、合計して3発の火弾を放つ。残る2発の狙いも上々。残るアイアンビートル2体もまた、最初に撃ち落とされた1体の後を追う形で、焼け焦げて地面に叩きつけられる。
 降りしきる雨が、地べたに落ちて動かなくなったアイアンビートルの体から残り火を消し去り、じゅうじゅうと蒸発音を立てた。
(ひとまず、これであいつと話ができそうだな)
 掲げていたコダールロッドを、外套の内側に引っ込めるストレイボウ。村のあちこちにできた水たまりを蹴立てて、「彼」の元へと近付く。
「おい、大丈夫か?」
 問いかけながら近寄ったストレイボウに、「彼」は答える。
「大丈夫だけど……もしかして、お城から来た人?」
「俺が、か……?」
 大丈夫と答えるが早いか、切り返しの質問。ストレイボウは「彼」の質問に、思わず言葉を詰まらせた。
 もちろん正直に答えるなら「違う」と言えばいいが、ただオルステッドという王国からの派遣者の仲間である自分は、完全に無関係だとは言い切ることもできずに――。
 結局、その両目をしばらく泳がせたストレイボウが選び取った「彼」への回答は、次のようなもの。
「あー……そうだとも言えるしそうでないとも言えるんだが」
「結局どっちなのさ?」
 子供の甲高い声で文句を垂れられたストレイボウは、思わず額に青筋を一筋浮かべそうになる。雨の中動き回っていた疲れもあり、神経がささくれ立ってつい言い方もぶっきらぼうなものになる。
「こっちにも色々と事情があるんだよ」
「色々ってどういう事情? さっぱり分かんないんだけど?」
 「彼」の発言に、ストレイボウの腹のそこがじわじわ熱くなるのを感じる。辛うじて怒声を上げることは堪えるが、皮肉が口をついて出る。
「お前もいちいち口の利き方のなってないガ……うっ!?」
 だが、ストレイボウの怒りと皮肉の言葉は、たちまちのうちにかき消されることとなる。
 腹の奥底から駆け上る、この不快な感覚で。
 昨日の川魚が、再びストレイボウの腹の中で悪さを始めたのだ。
「……って、今度はどうしたのさ?」
「……イレは……」
「……は?」
 ストレイボウは、「彼」に鬼気迫る表情で迫り、汗のにじんだ手で「彼」の両肩をつかみ、蒼白になった唇で自らの身に迫る危機を告げていた。
「トイレはどこだ!? 昨日食った川魚がまた……おぐぅ!!」
 雨に濡れる中でも分かるほどに、ストレイボウの顔面は脂汗にまみれている。今度はとうとう腹痛に耐えきれず、彼はその場で膝を折った。
 炎の魔法で助けてくれたり、自分に対して腹を立てたり、と思ったら今度は立てていたはずの腹を下したりと目まぐるしい目の前の魔道士に対して、「彼」は肩をすくめながらある方向を指し示す。
「ああ、トイレだったら向こうにある……」
 「彼」が方角を示したのと、ストレイボウがコダールロッドを投げ捨て腹と臀部を押さえながら全速力で走り出したのとは、ほとんど同時だった。
 ストレイボウの声にならない声が、雨の中に尾を引いて消えていった。
 ちなみにこの後、ストレイボウはまたも下痢止め代わりにヨシュアの実をかじる羽目になった。

忘れられた翼外伝5

Scene4

「……とまあ、俺から話せるのはこんなところだ。事情はだいたい把握できたか?」
 雨の降りしきるカントリオの村。ストレイボウは「彼」の家に上がり、情報を交換し合う運びとなっていた。
 粗末なベッドが2つ。その1つずつに、ストレイボウと「彼」が座る。
 ベッドに挟まれるようにして置かれた木の机には、ろうそくが1つ。これは彼らの為の明かり。
 暖炉には薪がくべられ、そこには明るい炎がともる。雨に冷えた彼らの体を温めるために、ストレイボウが威力を絞った「レッドバレット」で着火したものである。
 さすがは魔術で生み出した炎だけのことはあり、雨天で湿気を吸った生乾きの薪ですら、問題なく燃やすことができている。直接雨に晒されなければ、これくらいの火力は問題なく出せるのだ。
 ストレイボウの瞳は、暖炉の火を映して静かに揺れていた。彼の両膝は机の上に突かれ、その上でスクラムを組んだ両手は、彼の口元を隠している。
「うん、だいたい分かったよ。でもさあ……」
 ストレイボウに対する形で、机の向こう側に頬杖を突く「彼」。その口の端には、こらえきれない笑いがにじんでいる。
「……全然キマってないよねぇ、ピーピー魔道士さん」
 びきり、とストレイボウの口元が歪み、歯が覗けた。
「やかましい! 元はと言えば、俺が腹を下したのはオルステッドが川魚を穫ろうなんて言い出したからだ!」
 オルステッドの名を出したストレイボウと「彼」は、この家に来てよりしばらくのうちに、互いの情報交換を行い、今まで過ごしていた。
 「彼」の名前はジョッシュ。聞けば、この村で戦士に憧れ、剣の修行をしていたのだという。先ほど振り回していたノルミックソードは、隣の家の老人からもらい受けたものだと、ストレイボウは「彼」から聞かされた。
(このジョッシュってガキ……口は生意気だが、どうやらそれなりにできるらしいな)
 ジョッシュの年齢は11歳と「彼」自身から聞かされた。それほどの年頃にして、村の最後の1人になってすら魔物とやり合えるのであれば、その才能も胆力もまず本物といって良いだろう。
(まあ、このガキがただの向こう見ずなバカとも言えるが)
 ストレイボウの心情としてはむしろ、そちらの方の説を推したいというのが偽らざる本音。
 ストレイボウが今まで「彼」から聞かされた話は、要約するとこんなところである。
 発端は、今から1ヶ月ばかり前。この村の敷地の中にアイアンビートルや、猛禽類の一種であるシャープストローが侵入するようになってきたのが、おおよそそれくらいの時期だという。
 いかにアイアンビートルやシャープストローが「魔物」と言われるような生物であっても、本来その生態は野獣とあまり変わらない。火を恐れもすれば、人里にも積極的に近寄ったりはしない。そんなはずの彼らが村の敷地に侵入し、作物や家畜……時には人間すら襲うようになったという。
 今年は気候も比較的良く、餌が不足して人里を襲うようになったとは考えにくい。となれば、考えられる原因は2つばかりある。
(この付近に強力な魔物が現れ、付近の生態系が乱れたか……もしくは『何者か』が魔物を操ってこんな事をしているか、だな)
 このどちらが原因なのかを推測するためにも、ストレイボウは更なる証言をジョッシュから求める。
「ジョッシュ。次の質問だ。今この村にお前1人しかいないっていうのは本当なのか? いつ、村人達は居なくなった?」
「……んーとね……」
 ジョッシュは、再び口を開く。
 いわく、この現象が起きたのは昨日の朝方からだ、と言う。
 ちょうど、この辺りで今の鬱陶しい雨が降り始めた時期と、一致している。
 ジョッシュは剣の素振りに行くのを兼ねて、早朝の森に山菜やキノコを採ってくるのが日課であるとのこと。だが山菜取りの最中に雨が降り出したため、昨日は早めに村に戻ってきたらしい。
 その時、「彼」は異常に気付いた。
 村中の家や畑などから、人の気配が消えていた事に。
 最初は雨でみんな家の中に引っ込んでいたのだとばかりジョッシュは考えていたが、村中探し回っても人影はなかった。
 結局、今日のこの時間帯……つまり夕方になるまでのまる1日半、ジョッシュはたった1人で村の中で途方に暮れていたのだという。
 先ほどアイアンビートルと切り結んでいたのは、村から人影が消えたのを狙ってやって来たもの達を、迎撃に向かってのこと。ジョッシュは村の自衛と自らの剣の修行のため、積極的にアイアンビートルを叩きにいったのだ。
「まっ、アイアンビートルくらいにビビるようなボクじゃないけどね」
 ジョッシュは実に生意気な口調で、ストレイボウに言う。
「それにしても、ほんとこのままどうしようかと思ってたんだよ。隣のおばあちゃんに作ってもらうはずだった服とか、向かいの家に頼んでた首飾りとか、色々あったのにさ」
「……お前という奴は……」
 「能天気」だとか「神経が鈍い」とか、その手の悪口を続けようかと思ったが、呆れたストレイボウは結局そうしなかった。こんな非常事態に服だの首飾りだの気にしていられる神経について、ストレイボウは理解に苦しむ。
 こんな僻地の村に子供が1人で取り残されたなら、絶体絶命の窮地と言ってしまって差し支えない。食料が切れて飢え死にするか、野生の魔物や獣に食い殺されるか、その手の危険と直面するほどに、追いつめられた状態なのだ。恐怖や孤独感でパニックを起こしても、不思議ではない。
「でもまあ、村長が2週間くらい前に伝書鳩で出しておいた『チンジョー』とかいうやつが間に合ってよかったよ。一緒に遊ぶ相手もいなくてさあ、昨日からずっと退屈でしょうがなかったんだよ」
「…………」
 ストレイボウは、こめかみの辺りにうずく頭痛を堪えながら、もはや何も言うまいと心に決めていた。こんな極太過ぎて何も感じないような神経をした相手に、危険だの何だの説いたって、ただ空しいだけの試みに過ぎないと判断して。
「……まあとにかく、だ。状況は把握できた。となると……」
 ストレイボウはうつむき、更に推理を進める。
 ジョッシュが昨日、早朝に家を出て山菜採りに出てから、このカントリオの村に戻ってくるまでの時間は、どんなに長く見積もっても一刻はない。
(筆者註:「一刻」とは本来、現実世界では2時間前後を指すが、この場合は1時間前後を指している)
 そしてカントリオの村がいかに寒村とは言え、ここには5、60人の人間が住んでいた。
(そんな短時間で5、60人もの人間が一斉に姿を消すなんて、ふつうならまずあり得ないな。それこそ、笛吹き男にでもさらわれたか?)
 幼い頃聞かされたおとぎ話を、ふと思い出したストレイボウ。
 ジョッシュ以外の村人がいなくなって、まる1日半もの間誰1人として帰ってこないなら、真っ先に疑うべきは何らかの作為。順当に考えれば、何者かが集団を組み、村人を誘拐や拉致にかかったと言うところか。
(1ヶ月前から、この村には魔物が侵入するようになっていた。それを踏まえるんなら、誘拐犯は魔物を操る力を持っていると見ていいな。となると正体は中級以上の魔物か、はたまた暗黒の魔術の使い手あたりか……)
 ストレイボウは、ガラスのはめ込まれていない粗末な窓から、外を一瞥する。
 相も変わらず、雨が鬱陶しく降り続いている。昨日の朝からこの調子なのは、ストレイボウ自身も知るところ。
(クソ、こんな時に雨なんてツいてねえな)
 村人が消えたのと、雨が降り始めたのとは、共にほぼ同じく1日半前。現場に足跡でも残っていれば色々と推理のしようもあるが、雨が1日半も降り続いた現在では、ほとんどその手の痕跡は洗い流されているだろう。
 もしこの事件の「犯人」が、雨に紛れる事を考えて昨日に動くことを決めていたならば、相手はそれなりのずる賢さも持っているというところか。
(となると、だ)
 屋外の証拠品が洗い流されてしまっているなら、屋内か。ストレイボウは続けて、ジョッシュに問う。
「ジョッシュ、お前のその脳味噌には期待してないが、一応聞くぞ。お前が山菜取りから帰ってきたあと、お前はいくつか他の民家を覗いて回ったんだよな。その時、家ん中はどうなってた?」
「どうなってたって聞かれてもなあ……」
 案の定、こんな返事しか戻ってこない。
 ストレイボウはこめかみを揉み、頭痛止めのためにヨシュアの実をかじりたい衝動にとらわれるが、最後のヨシュアの実は先ほどの腹痛の際に服用してしまった事を思い出し、あきらめた。
「……済まん、お前にこんな質問をした俺がバカだった。もう少し言い方を変えるぞ」
 ストレイボウは咳払いを1つして仕切り直し、再びジョッシュをその目で見つめる。
「お前が帰ってきて、いくつか家を見回っていたとき、家の中はどうなってた? 家の中は片付いてたか? それとも散らかっていたか?」
「ああ、そう聞かれれば答えられるよ!」
 ジョッシュは髪と同じく赤い眉毛をご機嫌そうに持ち上げ、ぽんと手を叩く。ストレイボウは最初からこう聞けば良かったと、自分の問いかけのまずさを責めながら、「彼」の話を傾聴する。
「んーとね、ボクのパパとママは畑仕事をしてるんだけど、家に帰ってきたら作物を入れるかごとかがその辺に放っとかれてたんだ。ボクにはいつも服を片付けろとか言ってるのに、自分達だけ散らかしっぱなしとかズルいよねえ」
「別にお前の大人に対する不満までは聞いていないんだがな」
 ストレイボウが釘を刺すと、ジョッシュの眉毛がすとんと落ちて、たちまち不機嫌そうに唇を尖らせる。つくづく分かりやすい奴だとストレイボウは内心で嘆息していた。
「だってさあ聞いてよ、大人達ってば、モンスターが来ると真っ先に逃げるんだよ? それでモンスターと戦おうとするのは、村ではボク1人だけだしさあ。それに、せっかくモンスターと戦っても『危ないことはするな』っていつもお説教ばっかりだし……」
「大人には色々と事情ってもんがあるんだよ。まあ、それはさておきだ」
 ストレイボウは両腕を組み、ジョッシュに言う。
「それ以外の家も、似たような状況だったか? みんな家の中にそのまま道具やら何やらを放っておいたままと言うか……」
「うん、どこもそんな感じ。もしかして、みんなどっかに逃げちゃったのかな?」
「ほう、お前にしちゃ随分と鋭いな」
 実を言えば、ストレイボウが疑っているのも、今ジョッシュが示した可能性である。
 村人が仲良くに家財道具を放り出しているとなれば、ジョッシュが村を抜け出ていた間に何か「恐ろしいもの」が村にやってきて、村人が集団でパニックを起こし、一斉に避難や逃走をせざるを得ない状況が起きたのではないか?
(だが、そう考えるとおかしい点があるな)
 ストレイボウは、自らの推理に対し反論を行う。
 もし村にそんな「恐ろしいもの」が来ていたとなると、破壊の痕跡が残らないのは腑に落ちない。
 その「恐ろしいもの」の正体が魔物の群れであれ、森に潜んだ盗賊団であれ、はたまた鉄砲水のような自然災害であれ、村に何らかの破壊の跡が残らないのはおかしい。
 さすがに家を破壊されたりすれば、その証拠は雨程度では洗い流されないだろうし、そんな破壊の跡があれば、ジョッシュやストレイボウが気付けないはずもない。
「でもさあ、ほんと大人ってばしょーもないよねぇ」
 ストレイボウの推理は、そこで起きたジョッシュのおしゃべりにより強制中断。ストレイボウは苛立ち紛れに、苦々しそうに言葉を返す。
「分かった分かった、もうその話は蒸し返さなくていい」
「だって、村にはメーくんとバーくん達は残ってたんだよ? メーくんとバーくんは残ってるのに、大人だけどっか行っちゃうなんて、ひどくない?」
「……メーくんとバーくん?」
 会話の中に、いきなりわけの分からない言葉を混ぜられたストレイボウは、当惑。
 ジョッシュはそれに答えていわく、
「うん。裏のおじさんが飼ってる羊と山羊のこと。みんなでメーくんとバーくんって名前を付けて可愛がってるんだけど……ってあれ?」
 そしてその言葉を聞いた瞬間、ストレイボウの目つきが変わる。
「おいジョッシュ、確認するぞ。今お前は『羊や山羊は村に残っていた』って言ったな?」
 これまでにないほどの真剣な眼差しを向けられたジョッシュは戸惑うが、一瞬の間をおいてストレイボウに返答を与える。
「う……うん。雨に打たれっぱなしだとかわいそうだから、メーくんとバーくんはボクが裏のおじさんの家畜小屋に入れたげて、飼い葉をあげといたけど……」
「そうか……そいつは大きな手がかりになるぞ!」
 ストレイボウはもう一度目を伏せて、思考に没頭する。
 人間が逃げ出すような状況が起きたにも関わらず、家畜達は逃げなかった。ふつう魔物や盗賊や鉄砲水や、その手の脅威が村の外からやってくるような状況では、家畜もまた逃げ出していなければおかしい。家畜達とて、生存本能はあるのだから。
 人間だけが逃げて家畜が逃げ出さない。人間と家畜の違いとは何か?
(そうか……『心』だ!)
 ストレイボウの瞳の奥が、一瞬ばかりきらめいた。
 いにしえの文献にいわく、神はこの世界を創造した際、人間やエルフやジャイアントのようなヒトにだけ、与えたとされるものがある。
 それが、「心」。
 もしこの一件において、心の有無が逃げる逃げないを決める重要な要素になっていたとしたら?
 ストレイボウの脳裏で、推理が一気に組み上がってゆく。
(そうか……! この状況、確かにそう考えれば納得はできる!)
「……で、どういうことなのさ?」
 ストレイボウがしばらく黙りこくってたその様子を見ていたジョッシュが、痺れを切らしてストレイボウに言う。
 ストレイボウの口元が、重々しげに開かれる。
「……『フォビア』だ」
「……ふぉびあ?」
「ああ、いにしえの言葉で、『恐怖』って意味だ」
 ストレイボウは懐から、愛読している魔術書を取り出した。羊皮紙を綴じて作られたその本の中には、現代のルクレチア語から古代の言葉まで、種類を問わない様々な文字が書き込まれている。
 ページを次から次にめくるストレイボウは、あるページに差し掛かったのを機に、その手を止めた。
 ストレイボウが開いていたページは、心の魔術の章にある。見出しに古代の言葉で書かれた文字こそ、すなわち『恐怖(フォビア)』。
「この世界に伝わる魔術には様々なものがある。地・水・火・風の四大属性を操る魔術、闇の力や病気・毒を操る暗黒の魔術、神の力を僅かばかり借り受けて奇跡を起こす神聖魔術とかな。そして魔術の中には、ヒトの心を操る魔術もある」
「……ダメだ、何言ってんのかさっぱり分かんないよ」
 ジョッシュは盛大に肩をすくめ、ストレイボウの言葉を理解することを早くも諦めつつある。
「って言うかさ、言いたいことがあるなら早く言って欲しいんだけどなあ」
「そうだな、お前のおつむの残念な出来をうっかり忘れていたぜ」
 ジョッシュの投げやりな態度に、嫌味を1つ向けてやるストレイボウ。彼は1つ嘆息して、魔術書をそっと閉じた。
「結論から言う。この村を襲った犯人は、『恐怖(フォビア)』の魔術を使ったと俺は踏んでいる。犯人は『恐怖(フォビア)』の魔術をこのカントリオの村全体にかけ、村人達を恐怖で錯乱させて森に散り散りに逃げさせた。そして森の中で部下であった魔物達を操り、村人を拉致したってのが俺の推理だ」
 1つ目の手がかり。カントリオの村には、1ヶ月前から魔物が侵入するようになっていた。
 2つ目。昨日の朝方、村人達は村から消えていたが、その際慌てていたような形跡が見られた。
 3つ目。その際「心」を持たない生き物である家畜だけは村に残っていた。
 これらの手がかりをもとに推理すれば、このような筋書きが書ける。


「ふーん。でもさあ、魔法でそんな真似ができんの? ボクは魔道士のやることも言ってることもサッパリなんだけどさあ……」
 意外にも、魔術の事は分からないと言っていたジョッシュは、ストレイボウへの切り返しを試みた。
「だって、村人のみんなをみんな怖がらせるなんて、ふつうできっこなくない? それこそ、魔王が村にやって来たとかなら分かるけど……」
「確かに、この説だとそこが難しい点なんだがな」
 そして更に意外にも、ストレイボウはジョッシュの切り返しを認める。
「これくらいの規模の村なら、上級レベルの魔道士の手で……」
「ごめん、その続きは魔道士さんの頭の続きでやって」
 ストレイボウは切り出した話を止められて、思い切り鼻白んだ。ストレイボウはふてくされたくなりつつも、ジョッシュの注文通り、続きは自身の頭の中で行う。
 このくらいの規模の村全体を巻き込むほどの「恐怖(フォビア)」の魔術は、上級クラスの魔道士なら下準備なしでもできる。一方、今のストレイボウ自身のような、駆け出し程度の魔道士が同じ事をやろうと思ったなら、村の周辺で魔術の儀式を行うなどしなければならない。
(もしや、1ヶ月前からの魔物の襲撃は、今回の犯人が儀式を行う時間や隙を稼ぐための布石か?)
 ストレイボウは、魔物の襲撃が犯人の陽動である可能性を思いつき、同時にそれが事実であることを祈りたいと考えていた。
 もし相手が陽動などという小細工抜きで、いきなり「恐怖(フォビア)」の魔術を行えるほどの手練れなら、はっきり言って現在のストレイボウでは対処できない。現在離ればなれになっているオルステッドや、(ストレイボウとしては色々な意味で避けたいが)仮にジョッシュをも戦力に加えたとしても、勝負としては無謀すぎる。
(その場合、俺達は試練を放棄して、王城に撤退せざるを得ないだろうな。オルステッドは試練に合格できないかも知れないが、俺達に責任のない不可抗力でそうなったのなら、交渉の余地は十分あるはずだ)
 ストレイボウはそこまで考えて、首を1つこくりと振った。行動方針は、固まった。
「というわけでジョッシュ。俺は明日朝早くに森に出発して、辺りを捜索してみることにする」
「……捜索?」
「ああ。村人が消えてから1日半が経ったが、村人もこの雨足ではそう遠くには行けないはずだ。居るとすれば、この周囲と考えていい。ただ、もう今日は日暮れが近いから、日を改めるぞ」
 ストレイボウは判断する。
 村人の安否が分からない現在、素早い行動を通して村人の安否を確認する事は確かに重要である。
 だが同時に、夜の森を侮ってはならない。夜の森は暗闇と木々のせいでほとんど視界も無く、夜行性の獣や魔物も徘徊している危険な場所。そんなところに慌てて捜索を仕掛けるくらいなら、捜索は夜が明けるまで待った方が遙かに賢明だろう。
 ジョッシュはストレイボウの判断に、ひどく不服そうに眉をゆがめたが。
「え~、結局また今日も村に居なきゃいけないのぉ?」
「森に出て行って獣に食われたいなら止めやしない。だが俺は責任を持たないぞ」
 ストレイボウの、半ば脅迫じみた発言。
 だが、森に山菜採りへ向かうのが日課のジョッシュも、もちろん夜の森の怖さは知っているらしく、いくつも文句を言いながらも、渋々彼の言質に従う事を決めたようだ。
 暖炉の火がぱちぱちと弾け、身悶えするように揺れた。
「……そう言えば、お前の服もそろそろ乾く頃だな」
 ふと暖炉を見やったとき、ストレイボウの瞳は暖炉の前に渡された物干し用の竿に向けられた。
 そこには、ストレイボウの外套やジョッシュのバンダナ、そして鎧代わりに着ていた厚手の上着や、その下の服までかかっている。
「へー、魔法の火ってこんなに早く服が乾かせるんだ!」
「当たり前だ。最大まで魔力を込めれば、その火でアイアンビートルくらいなら消し炭にできる火力があるんだぞ」
 ストレイボウがそれを実演してみせたのは、つい先ほどのこと。
 ストレイボウの魔法にひとしきり感心したジョッシュは魔法の火で乾いた自らの着衣を手に取る。「彼」の体が、火の明るみの前に晒される。
「……それとだ、ジョッシュ」
「何?」
 着衣を乾かしているため、必然的に下着姿であるジョッシュがストレイボウの方を向く。ストレイボウは、何とも間が悪そうに、ジョッシュに告げた。
「お前も女なら、男の前で平然と下着姿になるのは止めておけ。お前ももう11歳だろ?」
 暖炉の火が、1つばかり身じろぎする。
 ジョッシュの下着姿は、「彼」の体が女のものであることを示していた。
「しょうがないじゃん、この服がボクのイッチョマエなんだからさ」
「それを言うなら『一張羅(いっちょうら)』だ。言葉は正しく使え」
 ストレイボウは疲れ切ったように目を伏せ、ジョッシュの振る舞いにため息をつくばかり。
 当初ストレイボウは、ジョッシュの事を「少年」だとばかり思っていた。
 雨の日に村の外に出て剣を振るう。自分のことは「ボク」と呼ぶ。おまけにがさつで無神経で人様への心配りもできないと来ている。
 これだけ揃っていてなお、ジョッシュが男でなかったと知った時、ストレイボウは目を丸くして驚いた。少年のものにしては丸みの帯びた体のラインを見て、ストレイボウはジョッシュに確認を取り、「彼」が「彼女」であることを知ったのである。
「っていうか、あんまりジロジロ見てるようなら今日うちに泊めたげないよ?」
「バカを言うな。どこにそんな頭のおかしい趣味をした奴がいると思っている」
 ストレイボウは窓の外――雨天のカントリオの村を見ながら、呆れたように吐き捨てる。
 彼はジョッシュの言葉を徹底的に無視する意思表示も兼ねて、再び懐から愛用の魔術書を開いた。その後ろでは、ジョッシュが着衣をまとう、衣擦れの音が聞こえるのみ。
(できれば、この試練が終わる前までに読み終えておきたかったんだがな)
 ストレイボウの視線は、魔術書のページの上を這っていた。ページで言えば、「レッドバレット」の章の直後。次なる攻撃魔術が記された章である。
 火属性の魔術である「レッドバレット」とは打って変わっての、水属性の魔術。水の乙女ウンディーネの力を借り受けて、大気中の水分を凍結させる術である。
 口の中で、ストレイボウは小さく呪文の詠唱を試み、同時に右手でウンディーネの印を虚空に描いてみせる。
 空中に描かれる魔術の紋章が、青い光を放って僅かに輝く。
 だがそれは描く先から虚空に溶け消えてしまう、はかないものに過ぎなかった。
(くそ……やっぱり火属性と水属性の魔術では、詠唱のコツが違うみたいだな)
 オルステッドの試練の話がなければ、今頃ストレイボウは王城でこの魔術の詠唱を練習していた頃。オルステッドの試練に付き合うことになり、その予定は狂ったものの、ここに旅をしている間も、時間を見つけては詠唱の練習を行ってきた。
 それでも結果は、かんばしくない。
 ストレイボウは印を描くリズム、呪文の抑揚の付け方、精神の集中のめりはり、様々な方法を試してみる。
 夢中になりすぎて、ジョッシュが夕飯を用意して、ストレイボウに声をかけるまでは時間の流れに気が付かなかった。
 ずぼらな性格のジョッシュが出したのは、ただ小麦粉を煮て塩を少々振っただけの、小麦粥。食べ応えを出すために砕いたドングリを入れてはあるが、それも灰汁抜きを忘れて渋いままのもの。
 ちなみにジョッシュはこれに合わせて、村長の息子が作ったという、煙でいぶし薫製にした川魚をストレイボウに勧めていたが、ストレイボウはそれを全力で拒否したことは言うまでもない。
 日が暮れても、空には月はなかった。
 次の日も雨天を予想させるような、そんな陰気な天気だった。